栗の木エッセー作品7
2008年12月07日
本年春に創業二百年を記念して募集しました「栗の木エッセー賞」のご応募総数830編のうち、計13作品を連載でご紹介いたします。
独自に持つ「お菓子」への思いがたくさん詰まっています。
どうぞご覧下さい。
____________________________________
皮とアンコと
北海道 眞鍋四郎 様
七十五歳の私では、話はつい、古いこととなる。
確か、昭和十九年(一九四四)小学校六年生のある時、母から栗マンジュウ一個を与えられた。配給物だったか何かの戴き物だっだか― とにかく戦時後半期の田舎に住む少年にとっては、珍しくも大事なお菓子だ。
私はまず、表面が焦茶色につやつやした皮の全体と、アンコだけの二部分に〝解体〟した。皮の部分を味わう。それだけでも十分に美味しい。が次いで間を取って湯呑み茶碗にアンコを入れ、湯をそそいでほごす。ゆっくりこの〝簡易汁粉〟を喉へ通す。一個のマンジュウで二度、たのしみを得ようという、少年の〝知恵〟のつもりである。
ところが母に知られ、私は叱られた。
「栗マンジュウは、皮とアンが一体となって作られたお菓子、それなのにお前は、わざわざそれを壊して口に入れている。今、あまり食べられない物だからといっても、それは醜い仕方。マンジュウが泣いてるよ。」
私が幼時、落書きをすると、母は、壁が、道路が、地面が〝泣いている〟と言って私の手を停めた。マンジュウも泣くのか、と私は思い、ちょっと心に悔いだ。
この五月二十六日、私は所用で長野を訪れた。小布施まで足を伸ばす時間がとれなかったが、善光寺門前町で栗マンやヨウカン、ラクガンなど少量ながら買い北海道へ戻った。
亡母と、甘辛両刃遣いだった亡父の遺影に一日、供えた。下げて妻と二人、少しずつ味わっている。北海道のデパートなどでも手に入るが、しかし長野から直接持ち帰ったとなると、作意なくまた違った風味を感ずるのは不思議ながらの事実だ。むろん、マンジュウを〝解体〟などするはずもない。
濃い目に淹れた緑茶と共に賞味していると六十年以上も前の、前途のような情景が、ふと思い出される。


