栗の木エッセー作品2
2008年11月22日
本年春に創業二百年を記念して募集しました「栗の木エッセー賞」のご応募総数830編のうち、計13作品を連載でご紹介いたします。
独自に持つ「お菓子」への思いがたくさん詰まっています。
どうぞご覧下さい。
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「たくわん」の思い出
神奈川県 玉置せつ子 様
私が郷里の山の村の小学校の教師をしていた六十年位も前のことです。
春の遠足の日、一年生は隣の町の有名なお寺まで元気いっぱい歩いて行きました。目的地に着くと生徒たちは疲れた様子もなく、おいしそうに、おにぎりやおやつを食べていました。おやつは炒り豆やあられ、ふかしたお芋などです。戦後何もない頃でした。
「先生、このたくわん、うんとおいしいよ」
孝子ちゃんは、小さな茶封筒を出しました。
「あのね、昨日父ちゃんが町から買ってきてくれたんだ。ふしぎな国へ行ったみたい。おいしいんだよ、先生食べてみてね」
「先生、いただいていいの」
「十個買ってきてね、父ちゃん母ちゃん、兄ちゃん姉ちゃん、私、二個ずつわけたんだよ、うんまくてほっぺたがおちそう、と言ったら、母ちゃんが一個そっと私にくれたの」
「そんな大切なもの、わるいわね」
私は大事にそっと鞄の中に入れました。
遠足も無事におわり、家に帰って茶封筒をあけてみました。薄い白い紙に包まれふんわり香りがただよう、なつかしい落雁でした。孝ちゃんは、らくがんをたくわんとおぼえていたのかと思うと、あどけなさとわかいさで思わずほほえんでしまいました。はじめて食べてびっくりしたお菓子を私に持って来てくれたのです。孝子ちゃんのやさしい心に感動して母と半分にして食べました。「涙が出るようないいお話ね、生徒さんを大事にしなさい」と母にさとされました。次の年に私は上京しました。一個の大切なお菓子を持ってきてくれた孝子ちゃんの温かい気持と、母と分けあった思い出の味はずっと忘れることはありませんでした。とろける甘さと清らかな香りの落雁は今も味わう度心を豊かにし、生きる意義をうたわせつづけているのです。


